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幹の③-⑮ 「美」①-⑮~歌唱曲「お蔦」にみる「粋」な美の世界 粋の美の極致編~

 投稿者  安宅 関平

 「婦系図」のテーマは、いろいろな見方はあろうが、題名にあるように、酒井俊蔵の娘・妙子の縁談をめぐっての女のルーツの謎解きにあるとも、読後の人が、言った言葉を思い出す。
先方の河野家が妙子の出生の詮索(せんさく)をしたのに対し、これに義憤を感じた「主税」が河野一族の家系に姦通(かんつう)・不義の事実があることをあばき、一家を呪い、その壊滅と復讐をはかる筋書きとなっているところからみると成程とも思う。
その意味では「主税」と「お蔦」の悲恋ごときはほんの挿話に過ぎないことになる。しかしながら、芝居で俳優・喜多村緑郎の演じた「お蔦」の魅力が光彩を放ち、観衆の人気も「お蔦」に集中した。しかも、鏡花自らが「湯島の境内」の場の戯曲を創作するに至ってからの「婦系図」は、「お蔦」中心の世界という経緯(いきさつ)を秘めたのである。
そうした流れに添って、楽曲「お蔦」も、三幕目の見せ場である「湯島の境内」の場を歌ったものであることがよく解る。また、「婦系図」や「戯曲・湯島の境内」は映画化もされている。これもまた原作からみるとストーリーにアレンジがある。
このように小説や戯曲、芝居、楽曲、映画での「婦系図」を尋ねてみると、それぞれが内容に大なり小なりの相違があることがわかる。そのことは「婦系図」の多様性をみるものである。しかしながら受ける「粋」の美しさだけは、共通しているという結果を招いている。
 こうしたことが確認できるまでの道程(みちのり)は廻り道が多かった。だが、この廻り道は、楽曲「お蔦」において、島津亜矢さんの歌唱から受ける鮮やかな情景と、そこから感じられる「粋」の美の真(まこと)を味わうには、必要な道程(みちのり)だったようである。「急がば回れ」のこのあたりは、島津亜矢さんの芸道によく似ているようにも思われる。
 しかし、この道程(みちのり)の苦労から得たものは、決して小さいものではなかった。
それは、「婦系図」がなぜ「湯島の境内」の場が中心になったのかについては、観客がこぞってここに感心を示したからであることが分り、なぜここに感心を示したかについては、そこには人の情や義に関する美しさが詰っているからであろうことが分った。しかも、笑いがほろり、涙がほろりの、心を揺(ゆ)する清くやさしい美しさの情や義のなかに、人間の真理のあることも分らせてくれたのである。そこからさらに、情や義に関する美しさは、「粋」の美しさに通じていることを発見し、その「粋」の中味は「執着心の粋」であることにたどり着いたのである。これが廻り道の苦労から得た最も大きな獲物といってよいのではなかろうか。
 その獲物の味は、こうした回り道とは別に、つい最近でも味わうことができた。それは丁度、7月4日から24日まで大阪・新歌舞伎座で島津亜矢さんが、二部制の特別公演を立ち上げていた。その内の、一部での演劇「おしずの恋」に、獲物の味を味わうことができたのである。
そこにも笑いと涙の美しさがみられ、終演後も引きずるほのぼのとした心の温かみ、それは他に変えがたい味のあるものであった。この味わいの余韻が長ければ長いほど、演劇は魅力の増すものになっていくのであろう。
しかし、それは「粋」の濃淡とその良し悪しにあるように思われる。その濃淡と良し悪しは、演技によってそれを観客に伝える役者の力量にもよる。役者とはこうした役割を持つことから、演技の上手下手によって、その役割の果たし具合がこうも変わるものなのかと思われるほどに、島津亜矢さんの演技は出来映えの良いものであった。
ちなみに、二部は歌謡ショーであった。

 少し話は反れるが、島津亜矢さんの今回の特別公演は、従来より違った意味で、随分、気を引き締めて取組んだ気配が、舞台の隅々に感じられた。
それは先ず、座長公演三度目とあってか、「芝居は本職にあらず」を払拭する課題を基(もと)から抱えていることに加えて、お稽古の時間が短かったこともあろう。だが、他(ほか)に、「おたふく物語」という山本周五郎の原作が存在していたことが影響しているように想われる。
その意味は、原作の存在によって、舞台に感心を持つ観客らは、原作を読み込んだり、思い出したりして、予備知識を携(たずさ)えて観劇することができる。其の分だけ舞台に対する楽しみが増す反面、演劇への期待はレベルアップされ、観劇の目は厳しくなるという「観客側の図式」ができる。
それに対して、島津亜矢さんの性格から推測すると、芸事に対する高い向上心が、今回の「観客側の図式」で、より刺激された感を持つのである。
・・・仮に、それが無くとも向上心からの気張ろうとする面があるものを。
刺激の証(あかし)は、観客に満足感を味わってもらうため、観客が抱いている芸のイメージや芸のレベルの、それを超える演技内容を具(そな)えたいと、自分に言い聞かせて努力したその想いが、舞台から溢れていたことである。
そして多分その想いは、プロフェッショナリズムからの発想ではなく、観客に対する心の優しさからの発想であろう。しかもその想いを他には求めず、自分自身に求めて、その力や能力を発揮する凄さがそこにはあった。他のスタッフもいつしかその熱意と真心に引かれて、芸に精進するという「演ずる側の図式」が舞台の隅々に現われていて、清々(すがすが)しさを覚えるほどであった。
 結果は見事に「観客側の図式」にも「演ずる側の図式」にも、その期待に応えたものであり、期待をはるかに上回るものであった。芝居は充実し、レベルも高く完成して、俳優専門の方々の演技に、勝(まさ)っても劣らないものであったことで、当初に挙げた三つの課題をすべてを克服していた。
 それは島津亜矢さんらしく、顧客満足度100%を信条とする、その信念に添った努力の跡を感じるものでもあった。芸の隅々に、気を締めて取組んだその努力の跡が、キラキラと光り輝いて綺麗なのである。その輝きの数の多さが、それを積み重ねる数の多さが、完成度の高い舞台を作り上げていたように思われる。だから舞台に「すき」のない緊張感に似た雰囲気と、自然でゆったりとした日常的気軽さの味わいもあり、それはどなたにも満足感をもたらすものであったと思われる。
 その輝きは、「観客側の図式」からくる観客の目の厳しさを、意識することもさることながら、努力をする豊富な気力と、過去の経験則からきているものかも知れない。また、生来から持ち合わせている、物事に真剣に取組む一生懸命さと、地道さの積み重ねが産んだもののようにも思われる。いすれにしても、もはやその心掛けが見事に開花し、それが芸の風格として感じられるようになっていたのである。誠意と謙虚さと控え目が、心のやさしさと思いやりと明るさが、それらの美しさが真剣に取組む日々の努力によっていつしか磨かれて輝き、風格として感じるような、重みと深みを持つものに変っていたのである。
島津亜矢さんのこれからの芸風は、大衆を身近においたまま、この輝きを伴なった深みと落ち着きのある風格が、島津亜矢さんの味として馴染んでいくように思われる。そうなれば、一部の芸術性は二部の芸術性と双璧をなす価値を持つようになるではないかと思われ、全公演札止めの金字塔も夢ではなくなるであろう。
他方、別の見方をすれば、このように従来より違った意味で、随分と気を引き締めて取組んだ気配の効果として、ツバメのひな鳥が巣離れするように、キタキツネの子狐が親離れするように、芸人として本質的な巣離れ、親離れする姿を見たように感じられた。その意味では、島津亜矢さんは今回の公演で、今までと違った手ごたえある充実感を感じたのではと思われる。それは会津のジャンヌ・ダルク~山本八重の半生~や、獅子の女房~坂田三吉の妻・小春の生涯~等には、見られなかったものであるような気がする。

 話は、はたまた反れて長引いてしまったが、ここで元に戻って、楽曲{お蔦」にみる「執着心の粋」の美について尋ねてみたい。
 「執着心の粋」の美しさの概念は、異性間に生まれた愛から、必然的に生じる深い思い入れ、思い込みの感情に、必ずしも固執(こしつ)せずそれを思い切る、そのときに生じる「粋」の美しさをいうのである。それは、別れること、離れることが運命(さだめ)と悟り、育まれた愛については忘れられない未練の残るものでありながらも、無関心になる矛盾した美しさを指すものである。言葉を変えれば、執着する心をきっぱりと断ち切ることの美しさともいえる。
 その意味では「湯島の境内」の場そのものが、その典型であろう。
その中からの具体的事例には、「お蔦」は「主税」から
  「其のお方(=真砂町の先生)のいいつけなんだ。」
と知らされ、
  「あゝ、分(わか)りました。それで、あの、其(そ)の時に、
   お前さん、女を棄てます、と云ったんだわね。」
     -中略-
  「よく、おっしゃった、男ですわ。女房の私も嬉しい。
   早瀬さん、男は・・・それで立ちました。」
と、言うあたり、
また、そうした同じ場面を、楽曲「お蔦」では、
  「わかりましたもう泣きません もうなにも云いません
   真砂町の先生に お蔦は笑って別れたと お伝えくださいね」
と、あるあたり、
この二つの事例に見られるきっぱりあきらめるこのあたりは、「執着心の粋」美しさそのものである。それは心に重く未練を残したものであるだけに、その美しさが極まるのである。

 そして今一つは、「気の張りの粋」の美しさも見られることである。「気の張りの粋」の美しさとは、お金や権力が割込んでも、それに屈せず、しかも互いが相手に頼らず、自分の意志で意地を通すさまの美しさをいうのである。相手にもたれかからない強みとしての「心の張り」の在り方に、美しさを見いだそうというものである。
それは「湯島の境内」の場において、「お蔦」が「主税」から
  「こがれ死にしても構(かま)わん、俺の命令だ、とおっしゃって
   な、」
と告げられた「お蔦」は、
  「まあ、死んでも構(かま)わないと、
   あの、えゝ、死ぬまいとお思いなすって、・・・
   ・・・小芳さんの生命(いのち)を懸(か)けた、わけしりで居て、
   水臭い、芸者の真(まこと)を御存じない!
   私死にます、柳橋の蔦吉は男に焦(こが)れて死んでみせるわ、」
と、絶叫のごとく言い放つあたりの、何者にも屈しない愛を享受している人間のその意地たるや、見事な美しさである。
また、「主税」が
   「さあ、此処(ここ)に金子(かね)がある、
   ・・・下(くだ)すったんだ、受け取って置いておくれ」
と、金子(きんす)を「お蔦」に渡した際、
「お蔦」はそれを受け取ると同時に、
   「手切れかい、失礼な」
   (と、擲(なげう)たんとして、腕の萎(な)えるさまで、)
   「あの、先生が下(くだ)すったんですか。」
と、しおしおと押し頂く、この複雑な行動の運びに、純情を理解できない者への当惑と抵抗、それに「主税」を愛せんがための、その影に隠れた先生への敬意が忍び入っている。
このように、「お蔦」と「主税」には厳しい現実の中でも、二人の生き方に対して、神も仏も先生も、その介入を許さない信念の強さがある。
現実に敗北していても、それでもそこには二人は正しいという意地に面目をみることができる。
楽曲「お蔦」にもそれはある。
     つもる未練は くちびる噛(か)んで
     意地の縦縞(たてじま) 江戸育ち
という行(くだり)である。
ここが「気の張りの粋」の美しさである。
 こうした「粋」の美しさの極めつけは、「お蔦」が臨終のおり、酒井先生の胸に抱かれて、
  「早瀬が見えん、残念だらう、己(おれ)も残念だ。
   病気で入院して居ると云ふから、致方(いたしかた)が無い。
   断念(あきら)めなよ。」-中略-
  「未来で会え、未来で会え。未来で会ったら一生懸命に縋着(すが
   りつ)いて居て離れるな。己(おれ)のやうな邪魔者の入らないや
   うに用心しろ。屹度(きっと)離れるなよ。先生なんぞ持つな。」
     -中略-
  「今更卑怯(ひきょう)な事は謂(い)はない、己(おれ)を怨
   (うら)め、酒井俊蔵を怨め、己(おれ)を呪(のろ)へよ」
と、先生に言わしめ、「お蔦」に謝罪させている。
そして、その最後に、
   「早瀬さん・・・」
   「先(せ)、先生が逢っても可(い)いつて、嬉しいねえ!」
の、辞世に似たこの「お蔦」の一言は、「気の張りの粋」や「執着心の粋」の勝利宣言と言っていいだろう。いや、いいだろうというよりも、「気の張りの粋」と「執着心の粋」が溶け合ってかざした、「意地の粋」が得た勝利そのものである。

 このほかは「色っぽさの粋」の美しさも、全編に渡り散りばめられてる。
「色っぽさの粋」とは、異性間に定めとして交われない宿命にありながら、交わりに限りなく近づこうとするそこに緊張を創(つく)り、それを持続させるためにしか、必要としない美しさを指すものである。
「湯島の境内」の場にその具体例を挙げて見ると、
「主税」が別れ話の胸の内を「お蔦」に伝えた場面である、
早瀬 先刻(さっき)も先刻(さっき)、今も今、優しいこと、嬉しいこ
   と、可愛いことを聞くにつけ、云おう云おうと胸を衝(つ)くのは、
   罪も報(むく)いも無いものを背後(うしろ)からだまし打(う
   ち)に,岩か玄翁(げんのう)で其(そ)の身体を打砕くやうな思
   いがして、俺は冷汗に血が交(まじ)った。
お蔦 ですから、死ねとおっしゃいよ。切れろ、分れろ、と云うから可厭
   (いや)なの。死ねなら、あい、と云ひますわ。私ゃ生命(いの
   ち)は惜しくはない。
とある台詞は、相手をおもいやり、いたわりあうその思いの深さにみる「色っぽさの粋」のいい気風(きっぷ)が忍んでいる。
また、戯曲の最後で、境内をあとにする情景では、
  さて行かんとして、お蔦、衝(つ)と一方に身を離す。
早瀬 何処(どこ)へ行く。
お蔦 一人ひとり両側へ、別れたあとの心持ちを、しみじみと歩いてみま
   すわ。
早瀬 (頷(うなず)く)。
お蔦 切通しを帰るんだわね、おもいを切って通すんでなく、身体を裂
   (さ)いて分れるやうな。
早瀬 (頷(うなず)く。
これは、美しき時期(とき)を終えた、一枚の梅の花びらの散り際の情景に似ている。散る哀れさの中の緊張感と、枝から離れ難い願望を兼ね備えた「色っぽさの粋」を見ることができる。

 このように「婦系図」は「粋」の美の種類のすべてを味わうことができる世界である。極言すれば「粋」の美の現代の古典と言えるのではないだろうか。
それは、この明治という時期、尾崎紅葉の「金色夜叉」、徳富蘆花の「不如帰」と並んで、泉 鏡花の「婦系図」は大衆に好評を博した三大作品であったが、「婦系図」だけが、その後の大正、昭和そして今日でも、古典的価値を失わないのは、「粋」の美しさとその勝利が明らかに確認できる唯一の物語であることもその一因ではないかと思われる。

 これを、楽曲「お蔦」で島津亜矢さんは、どのような表現をしているのだろうか。
これについては、予定の四編を超えるが次稿に移したい。
 これまで各編に一万字を超える投稿が数編続いたので、今回は此のあたりで筆の震えを止めたいと思うからである。


   「きれいよね」その一言が渦(うず)を巻く
                 かの渦恋し四万十のひと

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